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第1話・勇者の嫁を強いられまして 1

Auteur: 阿良春季
last update Date de publication: 2025-06-01 06:41:46

 午後の優しい日差しが木漏れ日として差し込むフロード王国の郊外の静かな森の中である。そこはエヴェーレン公爵が所有する土地だ。

 その森の一角にある小さな倉庫をミオ・エヴェーレンは目指して一人歩いていた。その小さな倉庫がミオの大切な隠れ家である。

 ミオの格好は地味だ。地味と言うよりはお世辞にも身なりに気を遣っているとは言えない格好であった。

 まず目につくのはお洒落とはかけ離れた時代遅れのぐるぐるの瓶底眼鏡である。

 赤みを帯びたブラウンの髪は適当に三つ編みで結えているだけだ。なので三つ編みのあちこちから毛が飛び出してボサボサである。言うまでもなく化粧っ気もない。

 ドレスは黒地に小花柄の、地味だがけっして安物ではない生地のものだ。しかし別にお洒落と言うわけではない。汚れが目立ちにくい柄と言うだけで彼女はそれを好んで着ているだけだ。

 その外見をミオは別にどうとも思わなかった。

 素敵なドレスに身を包んで素敵な殿方と恋愛をすると言う年頃の貴族の娘たちの夢を、ミオはどうしても素敵だとは思えなかったのである。

 ミオが素敵だと心奪われたのはただ一つであった。

 それは素敵な殿方との甘い恋よりも冒険者たちの山あり谷ありの冒険譚である。

 ミオは幼い頃から冒険者になりたかった。

 いつか魔術を駆使して魔物を倒しながら冒険者になるという夢があったのである。

 見知らぬ国へ旅へ出て、どこまでも広がる海と言うものを見てみたい。フロード王国にも湖はあるが世の中には目の覚めるようなエメラルドグリーンの色をした湖も、夕陽のように赤い湖もあると言う。一度で良いからそんな美しい景色を見てみたいのだ。

 陽炎揺らめく灼熱の砂漠も、一面雪に覆われて真っ白な雪山と言うのも見てみたい。

 しかし女が生まれる確率が低い、十人赤子が生まれて三人女児が産まれたら慶事とされるこの世界において女子は家にいて家庭を守るものが美徳とされてきた。

 子供を産まなければならない女は「家の宝」として大切に囲われているのである。宝物として、外に出ることもなく籠の鳥として家に居続けるのだ。それが貴族の娘であれば尚更であった。

 だから貴族令嬢のミオにとって冒険に出るなど夢のまた夢である。

 しかしどうしても冒険に行きたい。冒険者になって世界中を冒険することがミオの夢であった。

 勇ましく剣を振るう戦士でなくても魔法使いとなって冒険者になることを夢想していた。

 しかし。

 ミオはいつものように召喚陣を描くと、その前に立って長い呪文を唱え始める。

 手にした召喚術の本はエヴェーレン家の書架の奥に隠れるように置いてあった一冊であった。どうやら世界中にこの一冊しかない希少本らしい。しかしその本は誰からも存在を忘れ去られているようだ。

 だからミオがこうしてこっそり持ち出しても誰にも何にも言われない。なのでミオは勝手に自分のものにしてしまった。

「出でよ! 異界の果実!」

 古ぼけた召喚術の本の挿し絵には宝石のように赤い果実が描かれている。その果物はイチゴと言うらしい。

 しかし瑞々しいフルーツを想像して召喚されたものは緑色の葉を幾つも生やしたただの草であった。

 葉をいくら掻き分けても赤い果実など一つもない。召喚陣の真ん中で地面にしっかり根を生やしている名も知らない草を眉間に皺を寄せながらミオは大きく溜め息を吐く。

 また今日も駄目だった。

 ミオの夢は冒険者である。しかし彼女は剣術、体術はおろか攻撃魔法も回復魔法一つまともに扱うことはできなかった。

 出来る魔法と言えば、こんな謎の植物を召喚する魔法や水脈を見つける魔法、何とか冒険に役立ちそうなのは毒の沼地を普通の大地に変える魔法くらいなものである。

 つまり彼女は冒険者としての適正は何もない。夢はきっと夢のままで終わる。

 それから何度か練習をしてみたが今日もやはり思うようにはいかない。

 そろそろ日も暮れかけた頃だ。空には二つの月が白く輝いている。メイド長が心配する前に帰ろうと後片付けをしていると突然、ドンと大きな音と地響きが鳴り響いた。

「きゃっ!」

 一瞬固く目を閉じて身を竦ませたミオだったが、揺れは一瞬だけだった。恐る恐る目を開いて辺りの様子を探る。確か音は森の向こうにある城の方から聞こえたようだった。

「なんなの……?」

 大砲の訓練でもしているのだろうか。いやもう日も暮れるようなこんな時間に軍が訓練などするはずがない。

 ミオは不思議そうにそびえ立つ城を見上げる。

「エクス……カリバー!」

 そんな声が聞こえたような気がした瞬間、城の一番大きな窓から真っ白い閃光がビカッと稲妻のように走った。

 今度はドンなどと言う生易しい音ではない。まるでこの世の終わりを告げるような轟音と共に、城の窓と壁が物見の塔もろとも吹き飛んだのである。

 まるで積み木を崩したかのように呆気なく城が壊れた。

 ポカンとミオは口を開けてその光景を見つめるしかない。

「本当になんなの……?」

 城が爆発したと言うそんな一大事が後のミオの人生を揺るがすとはその時は夢にも思わなかった。

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